反乱(3)

(イネス・フレサンジュ視点)
  
  拳銃の炸裂音は、意外に軽快なものだ。こんなもので人間の生命がたやすく失われるかと思うと、あまりいい気はしない。科学者である私だけど、この時ばかりは無情さを感じずにはいられなかったりする。
  けどこの時、私はそれどころではなかった。
「アキト君!!」
  言うべきでない名前を私は叫んでいた。それどころではなかったからだ。彼女に駆け寄るべく、立ち上がろうとした。
  …だが、そんな私の足は次の瞬間、あまりの出来事に固まってしまった。
「…え?」
「「…」」
  私だけではない。影護君も、拳銃をかまえていたゴート・ホーリすらも、目の前の光景に完全にあっけにとられていた。
「…これって…」
  発射された銃弾は、亜希ちゃんの目の前、何もない空中でピタリと停止していた。
「…え?え?」
  ただひとり、わけのわからない亜希ちゃんがきょろきょろと周囲を見、そして止まっている弾丸に気づく。
「…なにこれ?」
  そんな、のほほんとした声が響いた瞬間、ゴート・ホーリが声とも軋りともつかない絶叫と共にパンパンと拳銃を連射した。
「!馬鹿者がっ!!」
  影護君がそれを押さえこむ。ゴートはたちまち床におさえつけられた。ゴリリという嫌な音と重たい悲鳴。たぶん関節を外しついでに、拳銃ごと手をねじりあげて引き金にかけていた指の関節を破壊したんだろう。さすがに容赦もなにもない一撃だ。
「ふざけた真似をしおって!!もう許さぬ!!いくら亜希が止めようと」
「待ちなさい!!」
  怒り狂っている影護君に声をかけ、亜希ちゃんの方を見るよう促した。
「……なんだこれは…歪曲場か?」
「違うわね。これは」
  ぽたり、ぽたりと六発の弾丸がベッドに落ちる。ぽかーんとしている亜希ちゃん。
「なに…これ?おもちゃ?」
「ンなわけないでしょもう。正真正銘の弾丸よ。」
「え?で、でも」
  そりゃまあ、目の前で弾丸が止まってポタポタ落ちるなんて、そうそう見られる図じゃないものねえ。
「ディストーションフィールドなら、弾丸は跳ね返るなりなんなりするはずよ?これは違う。弾丸の運動エネルギーと位置エネルギー、その両方が問答無用でキャンセルされたってとこかしら?」
「…な、なんで?」
「あら、疑問ね?いいわよ説明したげる」
「!!」
  げげ、という顔をする亜希ちゃん。いいけど失礼ねもう。今回だけは許さないからね。心ゆくまで聞かせてあげるんだから。
「ホシノルリ。見てるでしょ?あなたもいらっしゃい。秋山君も、他のみんなもね。疑問は晴らしたいでしょ?」
  うふふ、聴衆は多い方が燃えるものね!さぁて準備準備、と。
「…どれ、我はゴートをプロスペクターに「引き渡したら戻ってくるのよ?影護君?」…イネス・フレサンジュ。勘弁してくれぬか。我は体育会系で説明とやらは苦手「あらそう?亜希ちゃんに何が起きているか、ちゃんと知りたくないの?」くっ!…わかった」
  そうそう。逃さないわよ〜♪うふふふ♪
  
  
  
  医務室に皆は入り切らないから、ということで場所はブリッジに移された。
  ゴート・ホーリは応急処置をほどこされ、他の馬鹿たちと一緒に独房に押しこまれた。ブリッジには主要なナデシコの面々、それに秋山君もいる。プロスペクターもさっき戻ってきた。影護君と顔を見合わせ、ため息をついている。
  …いいけど、あなたたち意外に気があうみたいね。裏社会出身同士の連帯、なんてあったりするのかしら?
  さ、説明説明、はりきって行こうかしら?
「さて、じゃあはじめるわよ?みんないい?」
「嫌です」
  あら、即答ねホシノルリ。いいのかしらそんなこと言って?
「ま、いいわ。なるべく簡潔かつコンパクトに説明したげるから。
  まず、今回の事件。職務に忠実なゴート・ホーリがなぜ無謀な反乱なんかに手を貸したか。ま、本人は独房いりだからあくまで私の推測なんだけど…」
  そこで私は、コホンと咳払いをした。
「彼は影護君を危険視していた。まぁこれは仕方ないわ。皆も知っての通り、彼はいわゆる元木連、私たちの言う木星蜥蜴の人間。しかもその中でもトップエリートである木連優人部隊の元隊長。正直いってその戦闘力は地球圏最強。でも当然、地球連合のファイルには彼は載ってない。ナデシコ側でその正体を知る者もほとんどいなかった。もちろんゴートも知らない。ここで彼は疑いを持ったわけね。影護とは何者なのか、と。」
「ふむ」
  頷く影護君に笑い、私は続けた。
「彼は真面目で有能だけど、平均的軍人の感性が中心になってる。そんな彼に亜希ちゃんはどう映ったか。亜希ちゃんも同類と見えたんでしょうね。早い話が影護君の情婦。実際ふたりは夫婦だし疑いだせばきりがない。でも彼は疑問だった。ふたりの所属はどこなのか?わからないわね。木星蜥蜴が人間、なんて彼は知らなかったんだから。」
  そこで私は一息つく。みんながその言葉をかみしめているのを確認する。
「さてここで問題。木連は優人部隊の秋山源八朗艦長の登場。勇猛にして果敢、熱血漢の多い木連にあって彼はただの蛮勇ではない知略・戦略家でもある。
  そんな彼がナデシコに協力を申し出てくれた。地球までの護衛をしてくれると言う。これは言うまでもないけど私たちナデシコには願ってもないこと。その理由は秋山艦長?」
「うむ」
  いきなり話をふってみたけど、さすがと言うか。秋山君は振られるのを予期していたかのように咳払いをした。
「自分が協力を申し出たのは言うまでもない。影護どのとその奥さんである、影護亜希さんのためであります。
  実は今、我々木連には和平を推進しようという流れがある。確かに我らには地球連合への強い憎しみがある。しかしそれは一般人に向けてはならない。現に火星を攻撃する事により多くの人々の憎しみと哀しみを呼んでしまった。これは結局、我々の哀しみや苦しみを拡大しているにすぎないのではないか。これ以上そのような事をしてはならないのではないか。という意見が盛りあがってきておるのです。
  そして、その流れを生み出す鍵となったのが…」
  あら?秋山君、意外に演出もするのね。絶妙のタイミングで影護君と亜希ちゃんに皆の目を向けさせて。
「そう!影護どのと亜希さん夫妻なのです!」
  おぉぉ、というどよめきがブリッジを包んでる。あら、艦内のあちこちでも反応してる…今さらながらコミュニケって便利よね。居ながらにして全艦の人間が会議に参加できるんだもの。
「え?え?え?」
「はいはい、亜希ちゃん。わかってないなら大人しくする。後で影護君にじ〜っくり教えてもらうのね」
「はぁ?」
  くすくす、と笑いがあちこちからこぼれる。ほんとこの子、アキト君時代も今も変わらないわ。なんだかんだでムードメーカーになっちゃうのよね。
  秋山君の演説は続いている。
「おふたりは木連と地球圏の間の国際結婚。まぁ厳密にはそれだけではない。このおふたりを知った我ら木連軍参謀であらせられる草壁中将閣下、それに木連女性挺身部隊の東舞歌どの、ご両名が是非おふたりを和平の架け橋にと仰せられたのです。
  我らとて道を誤りたくはない。いや、哀しい事ですが火星で既に我らは間違えてしまった。苦しみを連鎖させてしまった。
  だからこそ今度は誤るわけにはいかんのです!影護どのと亜希さんが幸せに暮らせる世界を作ろう!それが木連の、ひいては地球連合を含めた我ら全ての未来につながるのではないかと!まぁ、このような事になった次第なわけです。」
  ざわめき。そして、ぱらぱらと湧いて来る拍手。へぇ、意外に弁舌家なのね秋山君。
「うふ、ありがとう秋山艦長。」
  私は挨拶をした。秋山君は満足そうに引っ込んだ。
「まぁ、だいたいのところはこんな感じ。彼らの目的は影護君と亜希ちゃんの護衛なのね。ナデシコだけではさすがに心細い。何より木連にとっても今やふたりは重要人物。ならば、と秋山艦長は自ら護衛を名乗り出てくれた、というわけ。
  でもね、これがゴート君や一部のナデシコクルーには決定的にマイナスの意味にとられてしまったのよ。」
  しゅん、と静まりかえる面々。いいけど、わかりやすい反応よね。
「事態のあまりの急展開。まるで裏から演出されているかのように変わって行く情勢。そりゃまあ確かに混乱もするわね。特にゴート君は元々疑いをもってたわけだから、これでもう確定してしまったのよ。影護君と亜希ちゃんはスパイ、私はその協力者。ついでにホシノルリと艦長は影護君に手籠めにされてるって感じにね。
  さて、そんなわけで私と亜希ちゃんは襲われたの。全く迷惑な話よね。私は亜希ちゃんと久しぶりに親睦をあたためてたっていうのに。」
「しつもーん」
「なぁに?ミスマルユリカ」
「おふたりは以前から知り合いだったんですか?」
「ええそうよ。私もユートピアコロニー出身だもの。
  それに、実はここだけの話、若気の至りというかその…まぁ、そういう関係だったりもしたわけなんだけど…」
「!あ、そそ、そういう事ですか。あ、あははははっ!」
  んー、ちょっと恥ずかしいかな。でも、ここらで所有権主張しとかないとまずいものね。亜希ちゃん狙いの子がホシノルリと艦長だけとは限らないし。
(え〜。亜希ちゃんってユリなのぉ?)
(違うでしょ?だって結婚してるんだし、亜希ちゃんってネコだしやっぱ)
(あ、なるほど〜。断れないってやつかぁ)
「こらそこ、妙な勘ぐりしないの。
  ま、誤解されちゃうのは仕方ないけど、そこらへんは色々複雑なのよ。とりあえず私にその趣味はないわ。むしろ…そうね。亜希ちゃんは亜希ちゃん。男とか女とか関係なくて純粋に仲良しって感じ。とりあえずこれで納得しててほしいわ。
  話を戻すわね。で、襲われて絶体絶命の私たちを影護君が助けに来てくれた。彼は強いものね。私たちはすぐに助けられた。彼らの作戦も失敗。
  でもこの時、ゴート君の打った拳銃の弾丸が亜希ちゃんを襲った」
「「「!!」」」
  さすがに核心にきたものね。みんな黙っちゃった。
「けど、その弾丸は全部空中で止まった。ディストーションフィールドのように弾かれたわけでもない。弾丸は文字通り停止してしまった。そう。まるでその運動エネルギーというか、持ち得る効果を全てキャンセルされてしまったかのように。」
「!」
  ふふ、顔色変えたわねホシノルリ。そう。あなたはこの現象を見た事あるものね。
「ホシノルリは気づいたみたいね。
  そう。これができる存在がこの世界のひとつだけ存在する。まぁ技術的説明はここでは省くけど、至極簡単に言えば亜希ちゃんは『愛されてる』。それも、この世界そのものを作り変えてしまうほどの強大無比な存在にね」
「「「???」」」
  うふふ、わけがわからないって顔ね。一番困惑してるのは亜希ちゃん本人みたいだけど。
「その存在は、亜希ちゃんがごく平凡に幸せに暮らす事を望んでいる。だから銃弾が亜希ちゃんを殺そうとした時、その効果を問答無用に全てキャンセルしてしまったのよ。
  不思議?そうでもないでしょ?亜希ちゃんをご覧なさいな。彼女は今、木連と地球をつなぐ架け橋。戦いを望まない存在なら、影護君じゃなくても彼女を護ろうとするのは別に不思議じゃないわ。
  …ま、そんな事実がなくても彼女みたいな存在を護る事には意味があるんだけどね。少なくともこの戦争が終わった時、私たちは胸を張れるでしょう。戦えない、かよわいひとりの女性を護り抜いたと。このナデシコは軍艦じゃない。軍に表彰されたって誰も喜ばない。だからこそ彼女やホシノルリみたいな弱者を護り抜く事、それ自体に意味がある。わかったかしら?」
「「「…」」」
「うふ、みんな困ってますって顔ね。
  まぁいいわ。とりあえず説明はこれで終わり。あとは各人それぞれ考えればいいと思う。おのずと結論は出るでしょう」

hachikun-p
平成16年1月15日