あぁ、やっぱりルリちゃんにはバレちゃったの。
そんな事よりアキトさん。今すぐひなぎくで逃げてください。なんならエステでも。後の事はプロスさんに頼みますから。
あのね…だから違うんだって。
アキトさん!!
私はアキトじゃない、亜希だよルリちゃん。間違えないで。
で、でも!
もう1度聞きたい?「君の知ってるテンカワアキトは死んだ」…あはは、今度は前回より洒落にならないけどね〜。
…でも。あんな目にあってるアキト…亜希さんなんて…。
あはは、覗き見したのねルリちゃん。ダメだなぁ。あれはね、ああいうプレイなのプレイ。ちょっと刺激的でしょ?
…。
嘘だと思ったら今からでもおいでよ。朝ごはんしてるからさ。
…。
ルリちゃん?
…わかりました。今すぐ行きます。(キシュン!)
「…どうした?亜希」
「ルリちゃん来るって。ねえ影護、あんたルリちゃんに何吹きこんだわけ?ひとが寝てる間に変なこと言わないでよねもう。」
「嘘は言っておらん。実際そなたは我の所有物だし我もそなたの所有物であろう?」
「…そりゃま、そういう約束だけどね。コーヒーも一杯いる?」
「うむ。もらおう…それにだな亜希。実際、そなた少し無防備に眠りすぎるのではないか?ナデシコとはいえ無条件に安心できるわけではないぞ。」
「あんた以上の護衛が何処の世界にいるのよ?」
「……それは光栄な評価だな」
「♪」
ふむ、と影護はコーヒーに口をつけた。
そもそも、影護と亜希の関係は非常に複雑だった。
対等な夫婦、または恋人的部分と主人/隷属的部分がごちゃまぜになっている。もともとは後者だったのが前者に移行したのだが、「亜希に協力する」という事がそもそも主人/隷属時代から契約として存在しているのが混乱の元凶になっている。本人たちですら区別がついていないのだから、第三者であるルリが困惑したとしてもそれは仕方がない。
そもそも、本当に愛されているのか当の影護に確信がないのだ。ルリを信じさせるなんて無理な話ではある。
「…本当に、虐待されてるわけじゃないんですか?いつでもプライベートコールしてきてくださいね。遠慮なんてしたら怒りますよ亜希さん」
「まぁ、これはベッドの上だと身勝手だからね〜。昨夜だって、例の件さ、意見するなって怒るし」
「まて亜希。それは事実だぞ。そなたもそう思うであろう?妖精よ。…トーストはもういらぬのか?」
「普通そこではハムエッグ薦めませんか?北辰さん。…でも貰います」
フリフリエプロンの北辰ウエイトレスという世にも不気味なものからアツアツのバタートーストを受取り、苦笑いするルリ。この方がナデシコっぽいであろうと本人は言う。…何か盛大に勘違いしている?いや、過去のナデシコを思えばあながちおかしいと言えないのがちょっと悔しい。
「…まだ私は納得できませんが」
「うん、納得しなくていいよルリちゃん。仕方ないよね影護?」
「…まぁ、信じてくれという方が無理であろうからな。この場はいた仕方あるまい」
「わかりました。…で、話を戻しますが」
「うむ。例の件だな」
「はい」
ルリは頷くと姿勢を正した。
「北辰…じゃない、影護さんの推測通りです。既にプロスさんに異常について伝えてあります。軍の行動についてはネルガルが先手をうつ形で進めています。騒ぎそのものは起こりますが、マスターキーについては抜かれる事はないでしょう。」
「…それでいいの?こちらに被害が出る可能性は?」
「問題なかろう。わざわざトラブルを発生させるのにも理由がある。軍が必ずしも味方とは限らぬ事を艦内に知れ渡らせ、ここらで不安定な人物や軍属性の人物を軒並み浮き上がらせる事もできる。」
「…なるほど。」
「後々を考えればこれは必要なことだぞ、亜希。このナデシコは単艦で火星に行くのだ。ユーチャリスの艦長をしたそなたなら、それがどれだけの大冒険であるか察しはついておろう?」
「まぁ、そうなんだけどね」
「…」
ふうん、という顔でルリは影護と亜希の双方を眺める。
「?どうしたの?ルリちゃん?」
「いえ、なんでも」
「…なるほどな。皆も苦労するわけだ」
「貴方に言われるのは本当に心外ですが…こればっかりは否定できませんね」
「そうだな」
「???」
ぽかん、という顔をした亜希がそこにいた。
「だぁぁぁ、みんな、何しんみりしてんだよ!よし、俺がとっておきのものを見せてやる!」
暑苦しい、という言葉がぴったりの男。ヤマダジロウこと本人いわくダイゴウジ・ガイ。暑苦しく不死身でもあるが後に拳銃一発で死んでしまうかもしれない男。まぁそれはいい。とりあえず今、彼はウリバタケに頼んでセットしてもらったプロジェクターにDVDをセットしている。
ちなみに食堂ではない。待機中なのでここはブリッジである。こんなとこでゲキガンガー上映会をやらかそうというガイもガイだが、留守を任されながらそれを許可する亜希も、それを黙認する提督も結局のところ普通とは言えないだろう。
「あれ?それゲキガンガー?」
「!!」
いきなりの声に振り向くガイ。そこには亜希と影護の姿がある。
「おや、お2人さん。って、ゲキガンガー知ってるのか?」
「もっちろん♪懐かしいなぁ。」
既にゲキガンガーは卒業した亜希である。だが、燃えているガイの姿はいじらしくも懐かしかった。女でなければ抱きついていたかもしれない。
「うむ。あれは娯楽として悪くない。特にこのような事態で戦意の高揚、叱咤激励にはもってこいであろうな」
「…そりゃあんたの知り合いだけでしょ?影護」
「かもしれぬな。だがよいではないか。それで和み、力づけられる者もいる。それだけでも充分に価値はあるし、それが娯楽作品というもの。違うかな?亜希よ」
木連人という言葉を出さずにあえて突っ込む亜希。それに冷静に応える影護。周囲はただ、ぽかーんと眺めているだけだ。
「…」
いや、ここにちょっと違う反応をしているひともいる。ガイだ。
「…よくわからんが、とにかくゲキガンガーの価値がわかるんだな2人とも?」
「うむ、わかるぞ青年。ちなみにどこから見るのだ?やはり第一話、「無敵!ゲキガンガー発進」からなのか?」
さすがの木連出身。影護はマニアックにいきなりサブタイトルまで持ち出した。あははと苦笑する亜希。
「おぉぉぉ!!そこまでわかるのか!憎いねえ兄ちゃん!」
と言いつつスイッチが入る。いきなり暑苦しいハイテンポのオープニング…ではない。第一話はまだ主題歌が完成しておらず、インストゥルメンタルの曲が使われていたのだ。
「さ、ふたりとも座って見てくれ。」
なんだこれは、と固まっている背後も気にしない。さすがにガイほどのハイテンションではないが2人はしっかりと最前列の席に腰を落ち着けた。
「…バカが増植…迂闊でした。」
オペレータ席で頭を抱えるルリは、ふたりの目にも耳にも入ってないようだった。
場所は変わって、連合軍戦艦「トビウメ」。
こちらではもちろんゲキガンガーは上映されていない。作戦行動中にそんなスチャラカな事をやらかす軍人がいるわけがない。ナデシコじゃあるまいし。
「…それで、ナデシコを明け渡す話はついたのかね?」
「その件ですがミスマル提督。上層部に確認をとっていただけますかな?」
「…なんだと?」
言われるままに確認の連絡をとるミスマル。その顔がだんだんと険しくなる。
「は、は…いやしかし…。わかりました」
通信を閉じると、憎々しげに目の前のプロスペクターを睨みつけた。
「…やりおったな」
「いったい何のお話やら。…ですがまあ、他ならぬミスマル提督ですから。とっておきの情報をひとつお教えしましょう」
「?」
ぼそぼそ、とミスマルに内緒話をするプロスペクター。
「!ほう!…それはそれは。なるほど。」
「そういうわけなのです、はい。」
「むう…わかった。しかし、私は納得しても連合軍全軍となるとそれでは無理だ。どのみち大気圏離脱は至難の技となろう。それでもよいのかね?」
「そこはそれ、こちらの力の見せどころという奴でして、はい。」
「そうか」
会談が終わり、プロスペクターとユリカはヘリへと急いでいた。
「ねえプロスさん」
「なんですかユリカさん?」
「さきほどの話…なんですかいったい?」
「…それは言えませんなぁ。まぁネルガルも企業ですから、色々と思惑がありまして、はい。」
「…ふうん…」
ユリカには珍しく、目をすうっと細める。何かを探るような眼つきだ。
「…先方からの来訪者?蜥蜴さんの?」
「!?」
いきなりの事にプロスペクターは思わず、つんのめりそうになってしまった。
「ゆ、ゆゆゆゆユリカさん。あなた一体」
「え?プロスさん言ってましたよね?先方からの来訪者がナデシコにいるって。」
「…そ、それは…」
困り果てたプロスペクターに、うふふと笑うユリカ。
「ごめんなさい。実はルリちゃんとプロスさんのお話を聞いちゃったんです」
「あ、あぁ…そういう事ですか。でもユリカさん。これは極秘ですからね?公にしたりしたら生命がないかもしれないんですよ?注意してくださいね?」
「ええ、わかります。…実を言うとショックでしたけど」
ガチャ、と扉を開けてヘリに乗り込むふたり。
「でも、よかったじゃないですか。奥さんは地球人なんですよね?火星出身の」
「…その分だとほとんど全部聞かれてしまったようですな。…こまりましたねえ。一応これは個人のプライバシーでもあるのですが」
「いえ、助かりますよ。実際プロスさんの言われる通り、蜥蜴さんの情報は極秘事項ですから。安全に旅するためには少しでも情報が欲しいと思います」
「…ですな。それは確かに」
「お2人を知っているのはルリちゃんだけなんですか?三人の間に交流は?」
「あったようですな。ただ、しばらくは知らぬふりをしていてあげてくれませんか。色々と複雑な事情がありましてね。彼らから接触して来ない限り我々は動かない方がよいと思われます」
「そうですか…う〜ん、私もお話してみたいんだけどなぁ…」
「だめですよ、艦長。いいですか?」
「ええ、わかってますよプロスさん♪」
ほんとにわかってるんですかね、という言葉を、プロスペクターは飲み込んだ。
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