企て

  慌ただしい発進も、時が過ぎれば話は別だった。
  あまりに急いだ離陸のため、とりあえず完熟飛行という事でナデシコは洋上を飛行している。しかも深夜となれば一部の要員が詰めている以外は誰も起きてはいない。それぞれの部屋で思い思いの時を過ごし、これからの生活に思いを馳せていた。
「…はぁ、はぁ」
  それはここ、影護(かげもり)家の部屋でも同様であった。
「ひぁっ!」
「休むな。腰をふり淫らに悶えよ。感じるがままに」
「はぁ、はぁっ!」
  仰向けに寝転んだ影護の上で、亜希が腰をふっている。
  部屋には灯りがついている。家具の配置がやや不自然だ。普通なら壁にそい角の方にベッドは配置されるべきものである。この部屋でもそれは同様なのだが、どこかから調達されてきた大きな姿見が足元に配置されている。そしてそこには当然、悲しげに喘ぐ亜希の全身が映っている。体位のせいもあり、性器にずる、ずぶ、と出入りする影護の男根までもがあからさまに、鮮明に映し出されている。
「…すっかり牝に成り果てたようだな。復讐人よ」
「…い、言わないで…!」
  少し身体を起こし、伸ばした手で亜希の顎を掴む。くいっと前を向かせる。
「この惨めな姿を見て、まだそのような事を言うのか?ん?」
「…」
  亜希の視界には、大股開きで下から貫かれている自分の姿が見えているのだろう。そう、姿見を配置してあるのはこうする事により、亜希の被虐心をかきたてるためだった。
「いやぁ…見せないで…」
  逆らおうにも下半身は貫かれているし、両手は後ろで縛られていた。
「現実を見よ、亜希。主人である我の精液を股間から垂れ流し腰をふる牝犬、それがそなただ。」
「いやよ…いや…いっ!!」
  影護は亜希の長い黒髪を無雑作に掴み、グイと引っ張った。苦痛から逃れるため亜希は身をよじらせ、同時にグッと締めつけが強くなる。
「!!」
  ぶるぶると影護の身体が震え、大量の精が注ぎこまれた。
「…はぁ…はぁ…」
「…ほう。あれで逝くようになりおったか。ますますもって愛(う)い奴。仕込んだ甲斐があったというものだ」
  視界の隅で小さなウインドウが閉じるのを確認し、ニヤリと笑う。背中を向けている亜希は気づいていないし、そうでなくとも気づく余裕などありはしないだろう。
「さて、この程度では我は収まらぬぞ。次は」
「…ま、まって」
「うん?」
  珍しく口を挟んできた事に、影護は面白そうに首をかしげた。
「もうすぐ、軍がナデシコを接収に来るはずなの。だから作戦…っ!!い、痛いっ!痛い痛いやめてっ!!」
  亜希が言い終わる前に影護は亜希の股間に手をやり、菊座(アヌス)のまわりの陰毛をギュッと引っ張った。
「何かと思えばくだらぬ事を。そなたはそのような事心配せずともよい。二度と言うな」
「で、でもっ!!」
「言うなと言ったぞ、亜希。我に逆らうのか?」
「…」
  震えながら沈黙した亜希を、交わったまま起き上がり抱き寄せる。
「…あ」
「そなたはただ、史実について助言するだけでよい。作戦に口を出すな」
「で、でも」
「言ったはずだ。そなたは戦わせぬ。少なくとも戦闘行為を直接させはせぬ。」
「…」
  乳房が背後から鷲掴みにされる。それは非常に小さかったが連日の愛撫により、ふっくらとそれなりの自己主張をはじめていた。
「亜希。戦えぬそなたの代わりに我がいる。忘れたのか?」
「それは…でも…っ!」
「そなたに何ができる。格闘もできず機動兵器にも乗れぬ。オペレータは論外。まぁ昨日のように指揮をとる機会があれば少しは役立てようが、この艦にはあのミスマル・ユリカが、そしてそれを補佐する未熟だが悪くない副官もいる。我らのような外来者が口を出せる機会など早々ありはすまい。」
「…そ、それは…!やっ!」
「そもそも、今は何の時間なのだ?鋭気を養い休養をとる時間ではないか。我は役立たずのそなたの剣として力を貸しているのだぞ?必要以上に感謝せよとは言わぬが…あまりにつれない態度をとるなら我はもう知らぬが、よいのか?」
「!!」
  ピク、と亜希の背中が震えた。
「…すまぬな、少々言いすぎたようだ。」
「…」
「だが言葉に偽りはないぞ、亜希。そなたの望み…ひとりでも多くの者を救いたいという願いを叶えるためには、さすがの我でもかなり荷が重いのは事実だ。今のところ助力者のあてもないわけではあるし」
「…」
「そんなわけで我は疲れておる。なぐさめよ、亜希。そんな役立たずの頭など使わずとも、そなたはその身体で我をとろかし従わせればよい。言ったではないか亜希。そなたは我のものであるが、同時に我はそなたのものなのだ。」
「…」
「返事はどうしたのだ?」
「……はい」
「…」
  影護はこっそりと優しい微笑みを浮かべ、背後から亜希の頭をぽんぽん、と叩いた。
  一見するとそれは、影護が亜希を虐待し無理矢理従えているように見える。実際そういう部分もある。ボソン・ジャンプで逆行する前には男だった亜希だ。女になってしまったあげく、かつての宿敵に犯され好き放題される。そんな暮らしを自ら望むはずがないのは言うまでもない。
  だが結果として、影護は亜希のいいなりだった。乞われるままにプロスペクターに渡りをつけた。地球に残すつもりだったのに亜希にごねられとうとう一緒に乗るはめになった。戦闘に参加させずどの斑にも属させず、艦内唯一の扶養家族という立場は影護のせいいっぱいの抵抗だ。外道に堕ちるほどに愛した木連を捨て、宿敵であったナデシコのクルーとなった。その小さからぬストレスを亜希にぶつける影護。いったい誰が責められよう?
  亜希は不本意だろうが、操られているのは影護の方であった。
  契約・約束はその意味を変えていた。もとより影護は亜希を気に入っていたが今はそれどころではない。おそらく影護は亜希を守るためなら何でもするだろう。それでも契約がそのままだったのは影護のプライド、それに亜希を手放す事を恐れるためだった。亜希を執拗に弱い女として教育するのもそのためだ。亜希は肉体的には生粋の女だが精神はあの黒い復讐者なのだ。支配をやめればたちまち逃げられるだろう。そしてそれは、影護には耐えられない事であった。
  執着は、ひとの冷静な目を狂わせる。
  亜希が以前のアキトのままなら、未来のためとはいえこんな屈辱の日々に耐えられるわけがない。とっくに毒殺なりなんなりされているはずなのだ。その事に影護は気づいていない。
「さあ、今度はこっちを向け亜希。」
「はい」
  柔らかい腰を掴み、結合を解く。くぅ、という艶めかしい声。ずるりと抜けた男根。くちゃ、ぴちゃ、という水音がする。少なからぬ量の精液が愛液と混じって亜希の膣よりこぼれた。それは陰毛をしたたりヌラヌラと光る。だが亜希はそれを見ても眉をしかめるだけで顔をそむけない。目をそらせば影護が怒るからだ。
  1度中腰に立ち上がる。ふわふわのベッドに少しよろめくが、影護の手が腰を押さえているため転ばない。そのまま影護の方を向き再びその身体の上にまたがる。当然、影護の目の前にドロドロに濡れた精液まみれの陰毛も、まだ半ば開いた膣口も僅かに腫れたクリトリスも丸見えになる。でも隠せない。両手は使えないし、隠しても影護にもっと屈辱的な事をさせられるだけだ。
「…」
  両手を後ろでしばられ、男の上にまたがって股間から体液をたれ流す全裸の娘。それは男にとっては征服欲をこのうえもなくそそり、娘にとっては恥辱と屈辱感、みじめな非征服感そのものだ。その「もうやめてお願い」と哀願するような表情もふくめて。
「よいぞ亜希。その淫らな牝の姿、くれぐれも我以外の男には見せるな」
  死んでも見せるか!と言いたげな顔を見せる亜希に、影護は微笑む。
「そうだ、それでよい。」
「…」
「さあ、我を咥えこめ亜希。わが愛しき淫欲の化身よ」
  あんまりな呼び名に亜希は眉を歪めた。
  だが、影護の言葉は決して嘘ではない。彼の「教育」の結果とはいえ亜希の性欲は相当なものだった。これほどまでになるとは彼自身も予想していなかった。自身も性欲過多な彼には嬉しい誤算であったが。
「…」
  グッ、と下半身の筋肉が緊張し、亜希の身体が降りて来た。バランスをとるために胸をそらしている。両手が後ろ手で動かないのでやりにくそうだ。だが影護はそのまま見ている。フラついて腰が前に突き出される。女の部分どころか会陰の向こうにある菊座まで丸見えだ。不思議なだがもう3年にもなるのに荒廃の気配がない。前も、後ろもだ。どういう理屈で回復しているのかと影護は思う。もしかしたら跳躍の際、死にかけた身体を復元させようとした、その果てがこの身体なのだろうか、そんな考えが影護の頭をよぎる。
「…」
  いやいや、と影護は頭をふる。
  そんな事はどうでもよい。いやよくはないが些末だ。それより問題は、いかに亜希の心をつなぎ止めるか、いかに守りぬくかなのだ。
  多少頑健だったとしても戦闘にまるで向かない、という事実だけはどうにもならない。だから今まで亜希は影護に頼るしかなかったのだと影護は思っていた。それはある意味事実だが、裏を返せばナデシコに乗るのは危険なことなのだ。ここには亜希が心許す人間が多すぎるのだから。幸いにも戦闘力という点で影護はとんでもなく抜きん出ているが、亜希の心が離れたら最後どうなるかはわからない。影護とて無敵ではない。確率は高くないが、宇宙のどまん中で艦の全てが影護の敵に回ったらどうなる。負けないまでも勝てはしないだろう。
  影護は未だ気づいていない。女性化の進行の果てに亜希が得たものに。
  好敵手としての複雑な思い。それに憎悪。そういったものが、力の圧倒的な差に対する恐怖や服従の中でどう変化したのか。知るはずがない。わかるはずもない。跳躍の果てに異性に変身した人間なんて、少なくとも前代未聞なのだから。
  
  世にある女性たちは言う。「恐怖のドキドキと恋愛のドキドキって、時々間違えるほど似てるよね」と。
  
  
  
  しばし後、ブリッジ。
  夜勤というわけではないが、そこにはひとりの年端も逝かぬ少女がいる。ツインテールの髪と金色の瞳で、ウインドウに映る何かをじっと見つめていた。
  ホシノルリである。
「なんてこと…本当にアキトさんと北辰、だったなんて」
  ウインドウの横には寝室でのふたりの光景、それにふたりの身体データや筋力等の推測データがズラリと並んでいた。
「こんなこと…これじゃアキトさんは北辰に手も足も出ないじゃないですか」
  一般人の尺度からしても亜希は明らかに非力である事をその数値は示していた。
  亜希の身体が弱いわけではない。特に新陳代謝や生命力は異常と言い切れるほどに優れている。それは自ら特異な肉体をもつホシノルリをもってすら、驚きに値するほどのものだった。
  だが戦闘に必要なあらゆる能力は別だ。運動神経も鈍かろう。耐久性がいくらあっても戦闘ができるわけではないのだ。
  差別的に言えば、亜希の身体は抱かれるために都合よくできていた。
  多少の筋力はあったがそれは日常生活にはあまり意味のないもの。たとえば内股のある種の筋力は強いがこれは影護のせいだろう。男の性器を締めつけ快楽を与えるためのものだからだ。各種の測定データもそれを裏づけている。生まれてはじめてピンク系サイトなぞにまでアクセスして集めた統計データもあるが、それは更にルリの憂鬱を加速した。なぜなら、亜希の身体はいろんな意味で「オトコの理想」を集めていたものだったからだ。下世話な話、俗に「カズノコ天井」などと呼ばれる膣壁の形状を亜希の身体に認めてしまった時、ルリは激情のあまりコンソールを殴りつけそうになったほどだ。
「どうしてこんな事に…なんでアキトさんがこんな目にあうんですか…ひどすぎます」
「すまぬな、妖精」
「!!」
  突然に聞こえた声に、ルリはハッと振り返った。
「!い、いつのまに!?」
「ひどい言い草だなそれは…まぁ無理もない。あの光景を見てしまったのだから」
  ブリッジの入り口に、影護が立っていた。
「子供が覗き見とは感心せぬな。それに夜勤ではないのだろう?明日に響くぞ、早く休め」
「あなたがそれを言うんですか北辰!」
「ばかもの、声が大きい」
「!!」
  殺気の籠る視線に、ルリはウッと口を閉ざした。
「…そなたが怒るのは無理もなかろう。だが騒ぐな。そなたを巻き込めばあれが悲しむ」
「…あなたの返答次第です。ナデシコに乗り込んでいったい何をしようというんです?拿捕して木連にでも持ち帰るおつもりですか?」
「…そのようなつもりなら、とっくにやっておるわ。我を誰だと思っているのだ?」
「…」
  しばし見つめあう、ふたり。コンソールの明滅と飛行中の微かな振動、ふたつの息遣い。それに深夜の制限された灯火の薄闇。そこにあるのはそれだけだった。
「…では何のために?」
「亜希について調べたのならもうわかっておろう。あれは戦闘のできる身体ではない」
「ええ…わかります。たぶん、今の私でも「亜希さん」には勝てるでしょう」
  ルリは逆行で少女に戻っている。しかし人材開発センターで「基礎体力もなくてはオペレートに限界があります」という言葉の元に許可をとり、かつて軍で受けた基礎訓練を独力でやり直していた。
  純粋な筋力ではもちろん全くの非力だが、戦闘訓練とは直接戦うためだけのものではない。逃げたり陽動してゴートやプロスに動く隙を与えるのだって、立派な戦闘支援だろう。
「だから我がいるのだ。今の我は、そなたがそうであるように逆行者。しかもそなたと違い赤の他人となってしまった。ゆえに木連には与する事ができぬ。戻ってもそこにはこっちの我がいるだろうし居なくても身の証などできぬのでな」
「…でもなぜです?アキトさんの助っ人をして、あなたにどういうメリットが?」
  身体が目的ですか、という言葉をルリは飲み込んだ。そのような世界を知らぬルリには重すぎる言葉だった。
「…惚れた弱み、と言ってもそなたは信じてくれまいな」
「当然でしょう。…力づくで聞き出せない自分の非力さがうらめしいです。」
「ふむ…そうだな」
  影護は天を仰ぎ、そして腕組みをした。
「おそらく今、何を言ってもそなたは信じるまい。だから我も何も言わぬ。」
「…」
「だが、これだけは聞き届けよ。決して無理、無茶をするな。電子の妖精たるそなたなら、この初代ナデシコでも相当の働きが可能であろう。だがそれをしてはならぬ」
「…なぜですか?まさかとは思いますがそのような…」
「人質、という意味なら否だ。どこの世界に自分の妻を人質に使う馬鹿がいる」
「…この期に及んでまだそんな事を言いますかあなたは」
「だから聞けというのに。よいか妖精、今そなたが大活躍し、それが地球や木連の軍の目に止まればどうなると思うのだ?」
「…!」
  ルリの顔が、悔しそうに歪んだ。
「断言しよう。そなたやミスマル・ユリカに何かがあれば、亜希は間違いなくあの身体でも無理無茶をするぞ。我がそれをさせぬためにこの数年どれだけ苦労を重ねてきた事か。…まぁ我の事はよい。だが亜希に、あの黒い王子の成れの果てに死んで欲しくないのなら、頼むから馬鹿な真似をするな。よいな」
「…あなたは…」
  ルリの声に震えが混じっていた。影護は別に凄んでいるわけでもなんでもないのに。
「…返事をするのだ、妖精。」
「…そうですか。わかりました…信じましょう」
「そうか。…かたじけない」
「いえ、いいんです。私もそれだけは望みませんから」
  顔を伏せたルリは、どこか悔しそうだった。
「ではな、妖精。…眠れぬかもしれぬが一瞬でも休め。そなたが倒れたらこの艦そのものが危険にさらされる」
「…わかりました」
  カツ、カツ、カツ…シューン、と音がして、影護は去っていった。
「…」
  ルリは椅子に深々と腰かけると、自分の肩を抱きため息をついた。
「…わかってますよ、北辰。あなたの言いたい事は。アキトさんの最大の不幸はあの惨劇じゃない。死をも跳ね返し地獄を這い回る元凶になったあの才能なんです。あっさり死んでしまえたのなら、あんな事にはならなかったんですから。でも」
  ルリの目から、ぽろぽろと涙がこぼれだした。
「どうして、よりによって貴方なんですか!…そりゃ他に適任者なんていないでしょうけど、貴方に保護されるアキトさんの身になってください。こんな…こんなひどい…」
  前方の闇を見つめる目には、何も映っていなかった。
  ひっく、ひっく、と泣きじゃくる声が、静かなブリッジに寂しくながれていた。

hachikun-p
平成15年11月11日