愛・哀…。

「さ〜ら〜ば火星よ〜、また来るま〜で〜はぁ〜♪…ってか?」
  格納庫。エステバリスの中で待機するパイロットたち。ヤマダの声が響いている。
「?なんだヤマダ、その妙な歌は?」
  リョーコが疑問をなげる。すると、ルリの小さなウインドウが開く。
『昔、火星で流行った替え歌らしいです。亜希さんが教えたみたいですね』
「へぇ…」
『ちなみに元ネタは第二次大戦時代の日本の軍歌「ラバウル小唄」のようです。ずいぶん古いものなんですね』
  冷静に淡々と報告するルリに、リョーコは目を細める。
「なぁ、ルリ」
『はい?なんですかリョーコさん』
  前回と今回のルリの最大の違い、それはあらゆる面に及んでいたがその最たるものが交友面である。
  ルリのフレンドリーさは、以前ルリと決して親しくはなかった多くの者の態度を変えた。リョーコもそのひとり。チャキチャキの江戸っ子気質のリョーコは子供らしさを徹底的に欠いたルリが苦手だった。嫌いではないが、ずっと見てるとイライラする。いまいち合わない、という感じだったろうか。
  しかし今回のルリは違う。ひとの心は鏡の如くであり、それはすなわちリョーコの心象も史実と変える結果となったわけだ。
「つまんねえ質問したいんだけど…いいか?」
『はい、いいですよ…秘匿通信に切替えました。なんですか?』
  無表情ながら、信頼を感じる微笑み。さっぱりした空気がリョーコは嫌いではない。
「結局俺達、火星で一度も戦わなかったよな?」
『はい、そうですね』
「…おめえ、何かやったろ?差し支えなければ話してくれねえか?」
『!!』
  ルリの明らかな動揺に、リョーコは苦笑した。
「話したくなければいい。俺も無理にゃきかねーよ。でもなその、不謹慎かもしれねえけど」
『…好奇心もあるし疑念もある、という事ですね。武門のひとであるリョーコさんらしいです。さすが、というべきでしょうか』
「ばーか。でだな、ルリ」
  困ったように苦笑するルリに、ニヤリと笑うリョーコ。
『…えぇ、リョーコさんにならかまいません。長くなりますから後でお部屋にお邪魔しますよ。ですが』
「あぁ、わかってる。誰にも言わねえ。で、俺でも役立つ事はあるか?」
『すぐにはありません。けど、いずれリョーコさんの腕を頼る事になるかもしれませんし、事情のわかるひとがひとりでもいるのは心強いです』
「そっか。…わかった。こんなんでよければいつでも使えよ。それで確認なんだが」
『?』
  不思議そうな顔をするルリに、リョーコは笑った。
「よくわからんがおめえら…この戦争止めようとしてるだろ?」
『!?』
「そんな顔すんなよ。艦長とおめえ、影護。三人で無言の了解が多いだろ?それに蜥蜴の事情にもいやに詳しい。馬鹿でも何かあると思うぜ?」
『…そうですか。艦内で他に気づいてるひとはいるんでしょうか?』
「ウリバタケの旦那は気づいてると思う。ヤマダも何か薄々感じてる。けど一番厄介なのは」
『…反対派、ですか』
「ああ」
  リョーコの目線に、あぶない色がこもる。
「戦争反対ってのも契約違反ってのもわかる。けどなんなんだあいつら?影護がスパイで亜希がその情婦、艦長とルリは手籠めにされてるとか…もう言いたい放題だ。ここが戦艦でしかも戦場にいるって事、ほんとにわかってんのかあいつら?」
『…わかってないでしょうね。』
  通信の向こうで、ルリの表情がほころぶ。ん?と優しい目を向けるリョーコ。妹分に向ける、気っ風のいいお姉さんといった雰囲気だ。
「どうした?ルリ」
『嬉しいです。リョーコさんにそこまで心配していただいて』
「ばーか。わかんねえぞそんな事。俺もやつらのスパイかもしれねーし」
『ありませんよ』
「へ?いやに断言すんじゃねえか」
『ありません。ありえません。リョーコさんはそういう曲がったことの大嫌いなひと。私はそれを知ってます。だからありえません。リョーコさんはスパイを叩きのめす事はあっても、自らスパイになるなんて天地がひっくりかえろうがありえません。そういう人じゃないですか』
「……そっか。」
  少し赤面し、鼻をかくリョーコ。まさかそこまで全面的に信頼されているなんて思いもしなかったのだろう。
『リョーコさんの申し出、謹んでお受けさせていただきます。でもいいんですか?』
「ん?何がだ?」
『もしかしたら私、ほんとにスパイかもしれませんよ?』
「ばーか」
  悪戯っぽく言うルリに、リョーコは破顔した。
「てめえの顔よくみろバカ。おめえに演技なんざ無理だよ」
『…へ?』
  あっけにとられたルリに、リョーコは続ける。
「おめえは自分が思ってる以上にガキってこった。わかったか?」
『…承知できません。私は少女です。訂正してください』
  ぶすっと子供のようにすねるルリに、リョーコは笑った。本当に愉快そうだった。
  
  
  
「それで、なんでサツキミドリにいたの?イネス」
「…」
「…な、なに?」
  事務椅子に座り膝を組んだイネス。白衣とその偉そうなポーズ。とてもよく似合っている。亜希は隣のベッドに腰掛け、足をブラブラさせている。
  ふたりは医務室にいた。イネスの仕業だ。彼女は火星の大気圏脱出を確認するや否や、まだ警戒を解いてないブリッジの中亜希を休ませる事を提案、そのまま医務室に連れて来たのである。
  対する亜希は少しだけ身の危険を感じたものの、聞きたい事がまだあったので同行している。
「…できれば、お姉様って呼んで欲しいわね」
「イヤ」
「あら即答。でもね亜希ちゃん。どう見たって私の方が年上でしょ?」
「それだったら、『イネスさん』でいいじゃない別に」
「う〜ん、それじゃあ面白くないわよねえ…」
「面白いってあのねイネス。あんた時間移動ってやつを甘く…!」
  その瞬間、イネスは椅子から身を乗りだし、亜希に掴みかかった。
「!!」
  対する亜希はもがこうとした。しかし、闇の王子様を押し倒したイネスである。亜希にどうなるものでもない。あっさりとベッドに押し倒され、上にのしかかられる。
「な、何すんのっ!!」
「何って…セックスに決まってるでしょ?」
「ちょっとぉっ!!」
  あまりにストレートな物言いに、亜希は戦慄する。
「…時間移動を甘く見てる、ですって?ハン、笑わせてくれるわね」
「!?」
  少し怒ったようにイネスはつぶやく。
「たかが数年が何?こっちは古代火星人の時代まで行って来たうえ、あの歳で親と離ればなれになったあげく記憶喪失で研究所預りで育ったのよ?今さら三年や四年、どうって事ないわよ」
「!」
  うふふ、とイネスは笑う。
「知らないだろうから教えてあげるわ、亜希ちゃん。」
「え?」
「今のこの世界、実は単独ボソン・ジャンプがほとんどできないの。地球も木連もそれを利用する事はできない。研究も当然進んでない。どう?」
「ど、どうって…?え?だってイネスはサツキミドリに」
「ええ、行ってたわよ?でもあれは私の力じゃない。送ってもらったの」
「??送ってもらった?誰に?」
「あは、そんなの決まってるじゃない。遺跡に絡んでて私を「送ってくれる」相手なんて限られてるでしょ?わかんないの?」
「…???わかんないよぉ。謎かけしないでよぉ。う〜…」
「…」
  知恵熱でも出そうな顔をして亜希を、イネスは面白そうに見る。
「こりゃまた随分とバカになったもんねぇ。…ま、アキト君から熱血がなくなりゃこんなもんなのかしら?」
「ちょ…何よそれぇ」
「あら違うの?ゲキガンガーに燃えてたアキト君も復讐に燃えてたアキト君も、ベクトルが違うだけで根っこは全然変わってなかったと思うんだけど?」
「!」
  亜希は、うっと呻いて絶句した。
「話を戻すわね。
  遺跡は今、チューリップを使う以外の移動方法には絶対許可を出さないの。まぁ理由は色々あるんだけど亜希ちゃんにはどうでもいい事。知らなくてもいいわ。ただひとつだけの例外を除いてね」
「…例外?」
「そ。」
  イネスはにっこりと笑った。
「遺跡自体も今、歴史の修整に動いてるの。だから遺跡の端末っていうか、そういう存在が時々あちこち飛び回ってるのよ。だから私も便乗させてもらった。サツキミドリまで行くなら私も乗せて、ってね。わかった?」
「端末?便乗?…どういうこと?」
「もう、ばかね。私が遺跡と知り合いってこと。わかんないの?」
「!あ、そっか。古代火星人絡みで何かあるわけか。…でもそれってあぶなくない?イネスを捕獲すればジャンプ制御できるってことじゃ」
  亜希の、いささか見当違いの思考に苦笑するイネス。だがそれを指摘はしない。
「それこそまさか、よ。便乗って言ったでしょ?遺跡にも遺跡なりの歴史改竄のシナリオがあるの。私はたまたまスケジュールに適合したから便乗させてもらえたわけだけど、それだってもし私が史実通りにサツキミドリを壊そう、なんてしたらどうなったと思うの?たちまちジャンプ自体がキャンセルされて元の場所に戻されちゃうのよ?」
「…」
「こと、ジャンプに関する限り遺跡はその全てを握ってる。遺跡自体が納得しない限り、誰にも制御なんてもうできないわ」
「…そう」
  亜希は、ほうっとため息をついた。
「もしかして、火星の無人兵器たちがナデシコに敵対しなかったのも」
「ええそうよ。
  無人兵器たちは元々古代火星人のもの。そして太陽系の現存するプラントの全ては遺跡の建設・維持・守護のためのもの。だから遺跡の命令には最優先で従うの。木連にもそればっかりはどうにもならないわ」
「…そっか。」
  イネスは、哀れなものを見るように亜希を見つめる。
  亜希が気づかないこと。それは残酷なことだと彼女は知っている。亜希にとっても遺跡にとっても。
(…敵対うんぬんはともかく、どうしてナデシコを攻撃しないのか、それで納得できるの?…あの子もバカね。ここまで徹底する事ないじゃない…)
「?どしたの?イネス」
「ん?なんでもないわ。ちょっとね」
「ちょっと、何よ」
「うふふ、亜希ちゃんが欲しいなって思ったの」
「!!」
  ギョッとした亜希がイネスから逃れようとする。だが、
「!や、いやぁっ!!」
「はいはい、脚閉じると余計に感じちゃうわよ?開きなさい」
  するりと下着に手を入れられ、中指を入れられ亜希はビクンと震える。
「あ…あぁ…」
「こうやってね。中指を突っこんでこねくり回しながら他の指で周辺を刺激するの。膣の中ってね、Gスポットみたいな例外を除けば性感はむしろ鈍いんだから。知ってた?」
  視界の隅っこに小さなウインドウが開いているのを確認したうえで、イネスは説明する。
「ほら、力がもう出ないでしょう?」
「あ…あは…あんっ!」
  ちゅくちゅく、という水音がする。途中、ビクビクッと亜希の身体がはねる。早くもイッたようだ。
「随分と開発されちゃってるわねえ。影護君もよくよくスケベなのね。」
「はぁ…はぁ…」
  シーツを掴み、頭をふる。着衣のまま、唯一剥かれた股を淫らに広げたまま。
「中の感覚が鈍いのはね、そうしないと分娩の時の激痛に耐えられないからじゃないかって言われてるの。はじめてセックスする時の痛みの緩和には…どうかしらね?私はそっちの専門家じゃないからこのあたりは推測にすぎないの。でも二十世紀のキンゼー報告によれば…」
  ベッドの上でも説明を続けるイネス。かなりシュールな光景である。
「抜いて…指抜いてよ…もういいでしょ?…ねえ」
「何いってんの。数年ぶりなんだし、おちん◯んなくなった分楽しませてくれなきゃ許さないわよ?」
「!」
  中で指が動き、亜希はビクッと反応する。いくら気持ちよくても膣への被挿入感は精神的に苦痛なのだ。ぽろぽろと涙がこぼれる。
  男なら一生感じるはずのないもの。それが膣への被挿入感だ。実はバーチャル・ルームに使われている感覚欺慢技術を応用すれば異性の感覚を感じる事は技術的に可能。しかしそれは合法的には禁止されている。全く異質の肉体感覚は人格崩解にも結び付く危険行為なのだ。実際、これらの技術は過去の戦争で拷問にも使われている。詳しい解説はここでは省くが、異性の肉体感覚というのは悪用すると人間ひとりの人格など容易に破壊する。
  それはそうだろう。生物である限り、肉体的な刺激から逃げ出す方法なぞ存在しないのだ。リアルな肉体的拷問なら失神すれば逃げられる。責める方も疲れる。しかし、存在しない肉体器官に与える「快感」に狂わされたら?それがバーチャルに与えられるもので、与える方はボタンひとつですむ「気楽なお仕事」なら?
  いや、それどころか単にスケジューラをチェックしておけば定期的に自動実行してくれる「ルーチンワーク」にすぎなかったら?
  四六時中くりかえし与えられ続ける、異質の快楽。それはどんな苦痛より果てしない拷問となる。なぜか?欲望はどんどん脹れあがるのに自分でそれを癒せないからだ。存在しない器官をどうなぐさめよというのか。しまいには自分から拷問機にかかろうとする。止めようとすると半狂乱になる。快楽をむさぼるためなら何でもするようになるのである。
  閑話休題。
  とにかく、亜希は身をよじり、無駄な抵抗を試みていた。それが余計に快楽を増す事は影護にされ続けた経験からわかってはいたが、それ以外にどうする事もできなかったのだ。
  いやそれ以前に、亜希自身の身体は快楽を得ようと勝手に動きだしていた。腰を自分からふりだす仕種に、イネスはプッと笑う。嘲笑しているのではない。可愛い♪と喜んでいるのだ。
「さて。亜希ちゃんばっかというのもずるいわね。私もはじめようかしら?」
  そう言うとイネスは腰を浮かせ、白衣の下から自分のパンティを脱ぎ捨てた。
「ふふ。可愛いでしょこれ?お兄ちゃんと再会した時のために、勝負下着もいっぱい持って来たんだからね。」
「…」
  亜希は反論も何もできない。体内をずり、ずず、と、もったいつけて動き回る指に、あわせて腰をくねらせている。意識は飛びかけているようだ。目には理性の光もない。
「弱いのねえ。やっぱり、元男の子ってことかな?」
「…」
「そういえば、こんな医療器具知ってる?亜希ちゃん?」
「…」
  イネスは微笑むと、ルリの使っているディルドーに似たものを亜希の前にちらつかせた。
「…」
「知ってるって顔ね。でもね、これ本来の使い方は知らないでしょ?説明したげる」
  イネスはそう言うと、了解も得ずにディルドーの根本を亜希に見せる。
「ほら、接合面があるでしょ?これは元々ディルドーじゃない。事故や病気でペニスを失った男性が、奥さんと夫婦生活を維持するためのグッズなのね。
  でも、これだけじゃ子供は作れないでしょ?だからね」
「…!」
  ピク、と反応する亜希にイネスはまた笑う。
「そういうこと。
  男性の精子、または精液を取りだしてこの根本にセットする。そうしてセックスするってわけ。こうすれば試験管外受精、なんて方法をとらなくても子供が作れるし、何より射精感を本当の意味で感じる事もできるのよね。
  もっとも、その精液の抽出はどうするのって問題はあるわ。だから実際にはこれとは別に、素人でも使える抽出機もあるの。ご苦労な話よね。」
「…」
  ぷるぷると僅かに震えている亜希の頭を、イネスはぽんぽんと優しく叩く。
「なんでこんな事までするかって?簡単じゃない。子供が少ないからよ」
「…」
「現代文明社会は、子供の数を減らしてしまう。特に先進国では既に人口自体の減少も急加速で始まろうとしている。実は結構深刻なのよ。こんなものが作られる背景っていうのも。子供が欲しいってひとにはありとあらゆる方法で便宜がはかられる。これもその1つなのね」
「…」
「そんな顔してるけど、影護君について木連か火星に移住すれば、貴女も子供産んで育てる事になるのよ?わかってる?」
「…」
  ぷるぷる、が次第にガタガタに変わる。よしよしと亜希を抱きしめるイネス。
「…実はね、凍結して持って来てるのよね。アキト君の精子。どのみち、あのまま弱っていけばいずれ子供なんて作れなくなるのは明白だったから。あなたが死んだ後、せめてもの慰めに子供産ませてもらうつもりだったんだけど」
「…」
「妊娠したい?自分の子供」
「!!」
  びくびく、と亜希の身体が震えた。きゅうっと締まる感触にイネスは苦笑する。
「言葉責めもダメなの?…このザワザワ吸いつくような感じといい、ちっちゃいけど柔らかくてフワフワのおっぱいといい、よくよく男好きする身体よねぇ。私、男になった方がよかったのかしら?」
  イネスは苦笑する。それが叶わぬ願いである事はわかっているからだ。
  イネス、ルリ、ラピスといった女性陣は全員、精神のみが飛んでいる。イネスにそのつもりはなかったのに、だ。どういう理由かは考えるまでもないだろう。
「…ライバルを増やしたくない、か。こういうとこはきっちり私情バリバリなのがあの子らしいわ。ホント」
  イネスの目には、ぷうっと頬を膨らませた艦長帽の女の子が見えるようだった。
「さて、イッたばっかりでここも敏感よね?そろそろ本格的にはじめましょうか」
「!?」
  え、という声がする。イネスは笑う。
「知ってる?女の子のね、こことここを摺り合わせるの。とても気持ちいいのよ?」
「!!」
「うふ、その反応だとホシノルリあたりにもう食べられたのね?クスクス、可愛い♪」
  だが、亜希はそれどころではなかった。
  亜希の脳裏には、毎日のように見せられていた悪夢がフラッシュバックしていた。言うまでもない。今と同じセリフをベッドの上で言われ、惨々もてあそばれたのだ。その恐怖が亜希に掴みかかっていたのだ。
「や…いや、いや」
「エリナ相手に練習してた甲斐があったわね。まだ時間もあるし、たっぷり楽しみましょ♪」
「いやぁぁっ!!」

hachikun-p
平成16年1月15日